

成程、自分の話が聞きたいと。
なに、断る理由はない。貴方には良い紅茶を淹れてもらい、実に興味深い話を聞いた。……自分のことを話しただけ? それが良かったのだ。人の話を聞くことが、自分にとって最も楽しい時間だからね。
さて、話そう。望んでもらえたのだから、ね。
目覚めたその瞬間から、自分の成育は既に終わっており、知能もある程度身についていた。どうやら日本人としての教養を身につけているようだと、すぐに理解した。
しかし、自分には一つ、大きな穴があった。過去だ。エピソード記憶と呼ばれるものがまるごと抜け落ちていた。
そしてそのヒントは、目覚めた場所のどこにもなかった。……そもそも『場所』と呼んで良いのか、それすら怪しい。黒に塗りつぶされた『無』の中で目覚めたのだからね。その場所については凡そ検討がついているのだが……自分の話からは逸脱してしまう。戻そう。
とにかく、自分はそこから出たいと思った。手段など皆目見当もつかなかったが、手当たり次第やれることを試し続けた。時間にすれば、数年、数十年、数百年……とにかく非常に長い時間、そこにいたのではないだろうか。
やがて、自分は魔術を使えることに気付いた。無の世界といえど、光を灯せば自分が見えた。果てしない黒の中にいること、自分の肌は白く、髪は金髪で、瞳は青いことを、ここで知った。
自分は魔術に夢中になった。自分の知識に魔術は存在しなかった、故に手当たり次第試してみたのだ。魔術で記録媒体を作れたことも成長を後押しした。やはり、一人の脳では限界があるからね。
長年の検証が功を奏し、自分は外に出る術を会得した。これまでいた世界に穴を開け、脱出したのだ。
そこはどうやら、寝室だったらしい。乱れたシーツのかかったダブルベッドがあったからね。
しかしそれは、その部屋の主ではなかった。
赤黒い魔法陣が床に描かれ、その奥には台座があった。哀れにも儀式の生贄となったのだろう。四肢を落とされた死体がそこに寝かされていた。
魔法陣をよく見ようと歩を進めれば、靴に何かが当たった。
死体だった。自分に瓜二つの死体は首を掻き切られ、心臓を抉り取られていた。
この死体が自分に関わる何かである。その推測に行き着くのは当然だろう。その死体に触れ、体を調べようとした。魔術を使い、この死体に記憶を問いかけようとした。
その時だった。奥から声が聞こえたのは。
四肢を落とされた死体だと思っていた男は、生きていた。自分は彼を、知っていることを全て話してもらうという条件で眷属にした。そうしないと死んでしまっていたからね。
しかし、その為にあの瓜二つの死体を消費した。記憶を問いかけることは、永劫できなくなってしまった。
……なに、後悔はしていないとも。歪んだ形ではあるが、一人の命を救ったのだからね。
そして彼は……リルドは契約通り、彼の知る全てを話してくれた。
自分に似た男がいたこと。その男の部下に、彼の弟の恋人がいたこと。その二人は心中したこと。
失敗して、リルドの弟だけが生き残ったこと。その男は「かみさま」と契約し、恋人を蘇らせるため……数え切れないほどの人を殺したこと。そして儀式を行うも……失敗したこと。
失敗した後に何が起こったのかも、リルドは聞いていた。
彼の弟は壊れてしまい、絶叫していたという。そこにかみさまらしき存在とその仲間が現れ、弟を殺し……不完全に蘇っていたその恋人を完成させたというのだ。
何とも冒涜的で、人智を超越した、残虐な話だった。だが自分にとってこれを聞けたことは大きな収穫だった。自分の死の真相が知れたのだから。
しかし同時に、一つを知れば新たな疑問が生まれるものだ。その例に漏れず、自分の頭には一つの疑問が浮かんだのだ。
そのかみさまとは、何者なのだ?
リルドは新たな力を得たことで、確かめたいことができたと言った。自分とて縛るつもりは毛頭なかった。彼は自分に礼を告げると、部屋から飛び出し去っていった。
それを見送り、自分も新たな疑問を解決するために、その部屋を後にしたのだ。
話は以上だ。どうだったかな。……おや、一つ聞きたいことがある? 勿論、構わないとも。
……なるほど。どうして自分は悪魔を自称しているのか、と。
簡単な話だ。自分は死んではいるが、幽霊のように透けてはいない。だからと言って天使のように誰かを救うために生きているのではなく、神のように全知全能ではない。
寧ろ、自分の中にあるのは『欲』だ。知りたいという知識欲、探求心。強欲で傲慢とも呼べるこの欲を持つ人ならざるものを例えるならば……悪魔が最も近しい。そうは思わないだろうか?
精神を壊さなかったのか?
確かに、一般的な生命なら壊れていたかもしれないな。
しかし幸い、自分は思考を巡らせることを好んでいる。その上である程度の行動力もあった。
思考し、行動し、反省する。脱出までの時間も、自分はある程度楽しめていた。
ああ、死ななかったのは単なる幸運だろう。死から逃れられている訳ではないからね。
この姿は自分が魔術を使うに最も
適しているようでね。
基本は人型だが、耳と角は羊を模している。しかし口内を見たまえ、肉食獣のように鋭い歯をしているだろう?
我ながら何とも奇怪な姿だ。しかし、気に入っているとも。

